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吉野家とマックをこよなく愛する外資金融マンwww

目的は利他的、されど体裁は利己的。矛盾。くそ。

特別回:世の中の大きな潮流の理解(未来とその先編)

世の中の大きな潮流シリーズ最終回

散々これまで世の中の潮流について自分なりに考えて、それに対して自分の意見を持ってない(というか示さない)のはなんかあれなんでここで大胆に(完全に自分の知識ベース)ですが自分が考える世の中とそれに対して思うことを綴ります。

 

これから書くことはこの記事に基づいているのでこれを先に読んでもらえるとありがたいです。てかその前提で話を進めます。

goldninjass.hatenablog.com

 

前の記事で話したようにIoT、FinTech、人工知能やVR/ARの潮流を踏まえると現在の経済システムはこのように捉えられると思う。

 

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 その上で経済システム、エネルギー、教育・思想について各々触れていく。

 

経済システム

 

“リアル(現実)を生きるかバーチャル(仮想)を生きるか”

 

    最近のトレンドは以前の記事でも説明したが、大事なので繰り返し。トレンドとして効率化拡張化にある。そしてこれまでの時代ともっとも違うところはその変化が起きるスピードにある。効率化と拡張化は経済における各主体と主体同士のconnectivityの2つの方面でみられる。各主体についてはマクロ経済モデルに基づくと経済の3主体として家計、企業、政府があるが、それぞれのあり方が変容すると考えられる。

    家計は日々の生活がロボットや人工知能やIoTによって一つのシステムに組み込まれた様々な製品がより利用者の趣向にあった最適な選択をして日々の意思決定を手助けする。またVRやARなどは人々の“体験”というものをよりリアルに再現し、これまで手の届かなかったもの、あるいはこれまでになかったものを通して私たちの効用を高めてくれる

    企業としても家計同様に人工知能やIoTによって一つのシステムに組み込まれた様々な製品が仕事環境を豊かにするだけではなく、戦略的にも、より顧客とのギャップを縮められるようになる。また一方で、業務内容については結果的により高度な分析システムなどを要することになり、それを正しく使いこなすには高度な知識が必要となる。一方で単純作業などはロボットなどによって自動化される可能性も大いにある(もちろんコスト効率の議論はしなくてはならないが)。このような潮流の中で産業の存在価値、そこにおける企業の存在価値、そして何よりそれを実行する人々の役割というのは大きく変遷する。それは先ほど少し触れた仕事に求められる知識や役割ももちろんそうだが、そもそも企業の組織的なあり方など根本的な改革も徐々に迫られる。

    政府は政府でこうしたテクノロジーの影響を受けて変容し続ける企業や個人のありかたを正しくみれない限り、正しい意思決定はできない。とはいえ、一つ思ったのが今すでにやってるのかどうかは定かじゃないけど、政府や中央銀行レベルで一企業のように人口知能などを用いた高度なデータ分析システムを積極的に使っていったらまたいろいろ変わってる気がする。

 

ここから僕の考え。まず短期的な視点から。

 

自分の考えとしては結局現在の経済システムそのものの変化は起きないにせよ、経済システムの一番おドライバーとしてのテクノロジーは大幅に経済システムを外側からも内側からも効率化してよりレベルの高いかつ複雑なシステムを作り上げる。これって一昔金融市場においてデリバティブ商品があまりにも複雑化したことによって引き起こされたリーマンショックのようにIoTによってつながれた一つのシステムがなにか(これがブラックスワンよ!)を機に連鎖反応的に大きく崩れる可能性があるんじゃないかなあと。てか絶対起きる気がする。そこでそれがいつどこでどういう原因で起きるかについては日々の進歩に目を奪われるだけではなく、変化の特性を十分見極めながら生きていければなぁと思う。もしそんなことが起きたらテクノロジーの潮流にブレーキがかかる気もするけど、問題はこれまでの金融と違って現在のテクノロジーの世界はそのオープン性やシェアリング精神を背景に政府などの一主体が制御できるような代物ではないということ。それは先述したテクノロジーが進化するスピードにも関係し、おそらく制度がテクノロジーの進化に追いつかないという意味もこめてある。そうしたいわゆる“失敗”は次に説明するテクノロジー倫理やそれを享受する人々の意思に働きかけることはあっても時代の波を止めるほど強固な制御策を講じることはできない気がする。

 

要約すると、

アップダウンはあるにせよしばらくテクノロジーの波は止まらない

 

じゃあ進化し続ける時代はどこに向かうか?ここからは長期的な視点。

 

    繰り返し述べているように、短期的には経済システムというものは崩れないと思う。そう、短期的には。しかしもし多少の上がり下がりはあるにせよ、このままテクノロジーが発達していけばテクノロジーというのは経済というシステム、もっといえば経済や政治など様々なシステムをひっくるめた社会を新たに生み出すポテンシャルがあると思う。先ほどテクノロジーの一つの潮流として拡張化というものをあげた。この拡張化をいち早く実現したのがインターネットである。このインターネットによって私たちは現実世界とは別にインターネットの中にある仮想空間という概念を手にした。あくまでもたいていの場合、インターネットは現実世界と仮想世界を別のものとして切り離すほど強固なものではないにせよ、例えばゲームなどであれば現実世界とは違ったアイデンティティを与えてくれる。また近年ではこの拡張化の最たる技術の1つがVRである。Virtual Reality(仮想現実)というようにあたかもその体験をしているかのように錯覚させるのがVRである。今はまだゲームやライブビュイングなどのエンターテインメントにおける応用を中心に耳にするが、これが発達し、VRが日常生活における当たり前のものとして定着してきたら、VRへの導入方法(入っていく方法)、使用時間の長さこれは先ほどインターネットでは実現できなかった現実世界と仮想現実の境界線を取り除く、取り除くまでにはいかないにしても限りなく曖昧なものにする可能性はある。ここまででも十分夢物語に聞こえるかもしれないが、もう少し続けさせてもらいます。もしVRの内容なども自由に決定することができれば、極端にいえば個々が現実世界を生きる必要がなくなってくる。各個人は仮想の世界であるとは知らずに自分の思うような世界で生きることができる究極の分散型社会である。グローバル化、テクノロジーによるボーダレス化を突き進めたその先には実は誰もつながっていない自分だけの世界へ帰結するということである。もちろんそうすると、そのための生命維持方法、先ほどちらっと話した“テクノロジーに関する倫理観”などは出てくるが、それはとりあえず今は議論から除外する。もしこれが可能になれば今の現実世界における貧富の差や紛争といった“現代社会における諸問題”と向き合わなくていいということである。もはや発想的には全ての人間を幻術世界に引き込むナルトの“無限月読”(わからない人は読んでください)やマトリックスの世界である。正直ここまでいくとは倫理的な制約上現段階では難しいかなぁとは思ってるけど、ある意味一つの世の中をよくするという形ではあると率直に思う。

 

ちょっと経済システムについて壮大に語りすぎたせいで残りの2つについて語る気力を失ってしまったので、

“こうした変遷をたどる可能性のある経済システムについて経済システムの活力源のエネルギーと思考基盤となる教育・思想における焦点は何か”

ということを簡単な流れとあわせて触れて終わりにしようと思う。

 

エネルギー:尽きるのが先か、無限への移行が先か?

教育・思想:経済システムに対して全ての人が疑問を投げかけるまでになるか?

 

またこれらは個別に紹介します。

 

今回は経済システムについてざっくり俯瞰したが、短期的には個別事例を取り上げたりはしてないし、長期に関しては上記の内容で議論できることもあれば、まったく違った未来観をもつ人もいるであろう。そのへんは個別に議論できればと思います。長々と書いたにも関わらず、最後まで丁寧に読んでくれた皆さんありがとうございます。